緑と花がきれいなお寺 念佛宗(念仏宗)無量寿寺

先週久々に、念佛宗(念仏宗)無量寿寺の総本山、佛教之王堂に入ってきました。
行ってみて、ビックリ!! どの季節に行っても味があって感動すると聞いていましたが、この5月も最高ですね。 5月は、つつじで始まります。霧島つつじという種類のつつじが一面に真っ赤に山肌を染めます。

そこに目を捕らわれているうちに着々と木々は緑を増し、5月下旬には新緑は最高に達します。一面、新緑の匂いが漂い、緑が目の中に心地よくしみ込んでくる季節です。同時に心の中まで洗われ穏やかな気持ちにさせ、やがて心や身体の疲れを取り除いてくれます。普段でさえ、特に外国の方は、念佛宗(念仏宗)無量寿寺の総本山、佛教之王堂は、全世界の仏教の聖地であると言われており、お参りに行くと感動して帰られるそうです。この時期に来られる外国の方は、本当に喜んで帰られるだろうと思います。

聞くところによると、先日の前タイ王国の国王の法要式典、先月4月8日の第3回目の仏教の日と大きな行事もあったためか、いまは、毎日のように念佛宗(念仏宗)無量寿寺の総本山、佛教之王堂に参詣に来られるそうです。先日の4月8日の時には、念佛宗(念仏宗)無量寿寺の総本山、佛教之王堂に1日でなんと13万6千人もの人が参詣に来たと、毎日子供新聞にも掲載されていました。行った人によると、念佛宗(念仏宗)無量寿寺の総本山、佛教之王堂では、朝から夕方まで絶えることなく参道には人が歩いていたということです。あの広い念佛宗(念仏宗)無量寿寺の総本山、佛教之王堂の境内がこの日ばかりは、狭く感じたというから驚きです。特に目立ったのが、外国の方の多さには驚きだったと。

参詣に来た人は、みな、新聞の仏教の日の案内を聞いてやってきたそうです。中には、この日のためにバスをチャーターしてお参りに来たベトナムの方もいたとのことです。仏教でこのほどの施設で、綺麗に管理され、全世界に広く知られているお寺はないと言われていました。また、お寺の境内には、至るところに奉仕の方がいて、皆さんが気持ちよく挨拶をしてくれるのも感動を覚え、その方々に思わず合掌をしてしまうそうです。感動は、全世界共通なのですね。全世界の人々がいつでも喜んでお参りに来て感動して帰ってもらえるお寺にしようという念佛宗(念仏宗)無量寿寺の総本山、佛教之王堂の想いは徐々に確実に広まり反響を呼んでいます。 

次のターゲットは、仏教の日! 念仏宗無量寿寺(念佛宗)

先日2月4日に、タイ王国 前国王の百箇日法要と前国王を偲んだ写真展が、念仏宗無量寿寺(念佛宗)の佛教之王堂で開催されましたが、なんと16万人も法要と写真展に参加されたそうです。2月4日の法要だけでも1万4千人の日本国内とタイをはじめとした海外の方々が参列され執り行われたそうです。

私も4日と5日に行きました。もうびっくりするくらいの人でした。
バスはもう何百台と駐車場に止まっていましたし、総門を入ったら本堂に至るまでお参りの人がずっと連なっている、これまでにないくらいの人が念仏宗無量寿寺(念佛宗)佛教之王堂お参りに来ていると実感できる瞬間でした。

そこには日本人はもちろんのこと、タイを中心としたアジア系の人、アメリカやヨーロッパ系と思われる方々までまさに、国際的なお寺って感じでした。今回は、法要の案内が日本経済新聞にも掲載されたこともあり、新聞を見てお参りに行った方が、とても多かったようです。

  

以前聞いたことがありますが、お釈迦様とゆかりがあるインドの仏教の聖地は既に荒廃していて、ヒンズー教の人たちに管理されている。つまりキリスト教でいうバチカン、イスラム教でいうメッカのような聖地が事実上無いに等しいと言う状況になっている。そのような中、念仏宗無量寿寺(念佛宗)の佛教之王堂が全世界の仏教徒の聖地と言われ始めていた。

最近では、海外からの参詣者も毎日のように来られるままで至っているそうです。そのような中で 今回、上座部仏教における中心的存在のタイ王国、その前国王百箇法要が念仏宗無量寿寺(念佛宗)の佛教之王堂にて執り行われたということは全世界の仏教徒の心のよりどころとしての存在を拡く認知させた出来事であった気がします。

きっとこれからは、ほかの国の方々も、仏教に帰依されている方であればあるほど、法要は念仏宗無量寿寺(念佛宗)の佛教之王堂で開催して欲しいと言われるのではないかと思います。いよいよ仏教も、国を挙げてますます拡がってくるような気がします。日本ももっと真面目に本当の仏教・本当の信仰を深めていって欲しいと感じます。

さあ、次の大きな仏教のイベントは、4月8日の「仏教の日」です。今年で3回目。昨年よりももっと盛り上がることを期待しています。今年も昨年のようにビジネス雑誌の「プレジデント」に行事の案内が載るかも知れません。3月下旬ごろからは目が離せません。今年も世界40か国以上の国でこの仏教の日をお祝いするそうです。また、念仏宗無量寿寺(念佛宗)の佛教之王堂でも、海外の方が一層お参りに来ると想定しているようです。

もっと世界中の多くの人がお祝いできる日に一年でも早くしていきたいですね。

佛教之王堂でタイ国王陛下 百箇日追悼大法要開催

ネットで見たのですが、明日から 昨年亡くなられた タイ王国の百箇日法要が日本でとり行われます。

それがなんと、念仏宗(念佛宗)無量寿寺の佛教之王堂で開催されるそうです。

タイ国王陛下 百箇日追悼大法要

2月1日には、新聞にも掲載されたそうです。それにしても、タイ国王の法要が日本で行われるというのは凄いことですよね!2月の4日が法要の日で、2月4日から2月10日までは、タイ王国主導での故ラーマ9世国王を偲んで、写真展も開催されるようです。わざわざタイ王国からこれまで未公開写真も持って来てくれるそうなので、楽しみです。

また、共催もタイの文化省・外務省・在日大使館・大阪総領事館と念仏宗無量寿寺ということなので、念仏宗もタイ王国からも絶大なる信頼を得ているのでしょうね。

 日本だけでなく、海外からも多く人が来られるそうです。2月4日と5日は、兵庫県のJR三田駅から念仏宗無量寿寺(念佛宗)の佛教之王堂への無料のシャトルがあるそうです。これなら安心して、お参りに行けますね。

こんな案内がありました。シャトルバスのご案内:2月4日(土)5日(日)は、JR西日本 福知山線「三田」駅北口9時30分より無料シャトルバスを運行いたします。

タイ王国と念仏宗無量寿寺(念佛宗)は、もう古いお付き合いがあるようで、故ラーマ9世国王や、タイ王国王女が納められた仏像も佛教之王堂に安置されているそうです。またもう亡くなられている前タイ王国法王の遺骨もお祀りされているとのことで、今回行ったときに、確認してこようと思います。

この法要に先立って、1月12日には、念仏宗の人が日本のタイ大使館に訪問してバンサーン・ブンナーク大使と打ち合わせも行ったとのことです。この時にも「タイ国王陛下崩御百箇日追悼大法要」及びプミポン国王陛下を偲んだ記念写真展について意見交換をしたそうです。 

念佛宗の代表者が大使を表敬訪問

それにしても、凄いことですよね。亡くなられた国王の法要をほかの国でしかも、国主導で行われるなんて、普通じゃ考えられません。
念仏宗無量寿寺(念佛宗)も海外からもかなり認められてきたということでしょうか?

時々お参りに行く私としては、うれしいことです。

これまであまりタイ王国に馴染みがない方も是非お参りに行ってみてください。

これを機会に、タイ王国と日本がこれまで以上に親しい関係になるといいと思います。また、みなさんも仏教にこれまで以上に馴染むいい機会になるといいですね。仏教之王堂には、色々なから仏像が納められているそうです。今後も、他の国から法要を念仏宗無量寿寺(念佛宗)の佛教之王堂で行う機会が出てくるかもしれませんね。

私が念仏宗(念佛宗)を嫌いな12の理由

最近、念仏宗(念佛宗)の話をいろいろと聞くようになりましたが、他のお寺に比べるといろいろと違いがあるようです。そんなところが私は嫌いです。

1.お寺が広すぎるところ。

  神戸の加東市にある念仏宗(念佛宗)の総本山である佛教之王堂は、境内は総面積55万坪もあるそうです。総門、北門、南門、山門、手水舎、地蔵堂、聖徳太子殿、五重塔、本堂、観音堂、釈迦堂、奥之院、廻向堂、経蔵、説法道場、寺務所など、15以上の建物があり、総門から奥の院までは、1.5km程も距離があります。

お寺が広い! 広すぎる! ところが、念仏宗(念佛宗)無量寿寺を嫌いな1つ目の理由です。これでは、すぐに迷子になってしまいます。
それに、本堂にいくまでは、ずっと階段を登っていくのですが、下と上では、温度も数度違うようで、上では夏でも涼しいさわやかな風が吹いています。大きく深呼吸をすると、とても清々しい気持ちにさせてくれます。
でも、夏のこの時期は、登って行く途中が暑くて、もうヘロヘロになってしまいます!
これじゃ、もう二度とお参りには来ないぞ!嫌いになってしまおうとか思っていたら、周りのお参りに来ている人は皆、汗をかきながらも嬉しそうな顔をして、来て良かった良かったと言っています。不思議に思って、お参りに来ていた見知らぬ人に何故そんなに嬉しそうなのか?と質問してみたら、お参りに来るとなぜか心が落ち着き、気づいたら自然に笑みが出ている。そして帰りにはお参りに来て良かったという気持ちにさせてくれるからと答えてくれました。

2.仏教をお釈迦様の原点に還そうとしているところ。

  これまで、お釈迦様が仏教を開かれ、涅槃に入られて後、根本分裂で、上座部仏教・モンゴル密教・大乗仏教と分かれて2000年以上経ってきている仏教を、この平成の時代にお釈迦様の原点に戻そう、世界の仏教をひとつに戻そうとしている。そんなことを考えている日本の仏教宗派いや、世界の仏教の宗派を聞いた事がありません。そんな夢みたいなことを言うお寺には付いていけない!嫌いになってしまおうと思って最後にお参りに行ってみると、本当に3つの世界の宗派の仏教を現実に1つにまとめていました。この佛教之王堂に全世界からお参りに来ているパネルを目にしたり、全世界の仏像や、仏教の経典がひとつに集まって納められている。世界の各宗派の仏教のトップは、むしろ釈尊の原点に還れ!と叫ぶ念仏宗(念佛宗)に感動して共感しているくらいだそうだ。 何故?

3.全世界の仏教興隆を目指しているところ。仏教サミットの開催

 私が念仏宗(念佛宗)を嫌いな3つ目の理由は、世界の仏教を今一度繁栄し興隆させるために、世界の仏教国に呼びかけて世界の仏教の各宗派の長年の壁も乗り越えて、仏教サミットを開催してしまうところ。こんな仏教が一度分裂して以来、誰も成し遂げられなかったことを実行してしまうなんて凄過ぎる!そのお話は、聴いている人の魂に直接訴えかけるような迫力のあるものだそうだ。そんなすごかったら、何回でも聴きたくなっちゃうし、友達も誘いたくなっちゃう。今では、41の国から参加があるほどの国連も認める世界的なサミットになってしまった。こんな短期間にここまで発展したサミットは他に聞いた事がありません。
 

4.日本より世界で有名なところ。

4つ目の私が念仏宗(念佛宗)を嫌いな理由は、日本より海外で有名なところ。念仏宗(念佛宗)の開祖の方が海外でされたお説法が反響を呼んで、どんどんアジアの仏教の国を中心に、これまでの仏教の枠に納まらないが、心に染みるお話をされるお寺があると拡まっていった。今では、アメリカやヨーロッパだけではなく、アフリカの国でも仏教を信仰する人がどんどん増えており、毎日のように世界中の仏教を信仰する方々が、一生に一回はお参りに行きたいところとして念仏宗(念佛宗)の総本山でもある佛教之王堂に参詣に来られている、これじゃ、私や我々日本人が参詣に行こうとしても人が込んでいて疲れてしまいます!

5.本当の仏教のお話を聞けるところ。

 最近は、日本のお寺の人たちもお話を聴きに来られるそうです。日本の一般的な多くのお寺は、経営も大変で、拝観料などでいかにお金の収入を確保するかが最大の関心事になっているところが多いようです。そして、次第に如何に生きるべきかというお釈迦様が伝えようとした仏教の本来の教えを説かなくなったお寺が増えてきているそうです。でも念仏宗(念佛宗)の総本山、 仏教之王堂では、この仏教の本等のお話が聴けるそうです。そこが、私が嫌いな5つ目の点。そんなことをみんなが知ったら、佛教之王堂に皆行ってしまう。そんなことをしたら、お話を聴く機会が減ってしまって困ります!

6.実は何十年もかけて世界の仏教の聖地を作ったところ。

 もともと京都嵐山にあった念仏宗(念佛宗)無量寿寺。世界の3大宗教の中でキリスト教にはバチカン、イスラム教にはメッカと言う聖地があるけれども、現代の世の中で仏教だけ、発祥の地のインドは既に廃れています。そこで世界の仏教の聖地を日本に作ろうと目標を掲げ、もう何十年も前から、世界各国にこの状況を伝えて、今では世界5大陸41の国の仏教および国の指導者が賛同して、「佛教之王堂」に参詣に来られています。これが私が念仏宗(念佛宗)無量寿寺が嫌いな6つ目の理由。何十年もかけて、目標・思いを持ち続け、かつそれをとんでもない規模で実現させてしまうなんて、かっこ良すぎます。

7.仏教の経典から一歩も出ない教えをしているところ。

お釈迦様が45年間かけて説かれたお話しが、7000巻とも8000巻とも言われている一切経です。念仏宗(念佛宗)無量寿寺には、仏教を信仰する各国の言葉で書かれた一切経が納められているそうです。念仏宗(念佛宗)無量寿寺では、当初より「釈尊の原点に返れ!」と、お釈迦様が説かれた教典から一歩も踏み出ず説法が説かれています。そんなお話を毎回聴いていたら、私も仏教オタクになってしまいます。そこが、念仏宗(念佛宗)無量寿寺が嫌いな7つ目の理由です。

8.拝観料は一切取らないところ。

また信じられないことに、念仏宗(念佛宗)無量寿寺総本山の「佛教之王堂」では、拝観料が要らないのです! 普通のお寺では拝観料は当たり前のようにかかりますが、念仏宗(念佛宗)無量寿寺総本山の「佛教之王堂」では無料、参詣の案内も2時間から3時間程、グループ単位で行ってくれるのです。しかも、外国から来た人には英語で説明も行ってくれているようです。他のお寺ではあまり前のようにお金をもらうのに、そこまでするならお金をもらえばいいのにと、つい思ってしまいます。そこまで、私を思わせちゃうところが、念仏宗(念佛宗)無量寿寺が嫌いな8つ目の理由です。

9.いつも念仏宗(念佛宗)無量寿寺の佛教之王堂を始め、
どの施設、敷地もきれいに掃除をしているところ。

 念仏宗(念佛宗)無量寿寺総本山の「佛教之王堂」は、いつも綺麗。どこをみてもごみが落ちていません。しかもゴミ箱もないのです。ゴミ箱がないからゴミもないのかも知れませんが、お参りに行っても気持ちがいいです。他のお寺では、残念ながらここまで綺麗なところはなかなか見つかりません。よくみると、奉仕とかかれたゼッケンをした人たちが、黙々とあくまでもお参りに来た人の邪魔にならないように目立たないように清掃をしていました。
念仏宗(念佛宗)無量寿寺の方に、あの人たちは清掃会社の人かと聞いたら、全て念仏宗(念佛宗)無量寿寺の信徒の方の奉仕とのこと。ほとんど毎日誰かが来て、清掃をしているそうです。しかも、清掃している人はみな気持ちよさそうなすがすがしい表情をしています。自分さえ良ければいいという人が、多くを占めている今の世の中で、他の人に喜んでもらうためにここまでできるのは素晴らしい事です。でもこれが、私が念仏宗(念佛宗)無量寿寺を嫌いな9つ目の理由です。
なぜならみんな他人のためと言いながら、一番自分が気持ちよさそうに清掃をしているから。まずは、自分を捨てて他のために尽くす。そうすれば、結果的に自分に返ってくる。これが教えらしいです。
これなら、みんな念仏宗(念佛宗)無量寿寺に行っちゃいますよね。

10.仏教の大学まで作ろうとしているところ。

  念仏宗(念佛宗)無量寿寺総本山の「佛教之王堂」に行こうとすると、最近手前に大きな建設中の建物が目に入ります。これもまた念仏宗(念佛宗)無量寿寺が中心となって造っているナーランダ僧院と言うと聞きました。これは、5世紀にインドで造られた仏教大学であり、世界最古の大学の一つと言われています。しかし、現在では既に朽ち果ててしまい、辛うじて大学があった場所が遺跡として残っているだけ。
そこで、念仏宗(念佛宗)無量寿寺と、全世界41ケ国の仏教と国家のトップが、将来の仏教興隆のために念仏宗(念佛宗)無量寿寺総本山の「佛教之王堂」の隣に造ろうとしていると聞きました。「ナーランダ」と言うのは、「蓮のある場所」という意味だそうで「蓮」は知恵の象徴とも言われています。つまり知恵のある場所として2000年以上も前に作られたのがナーランダ大学であり、それを現代に再度復興しようというのが、ナーランダ僧院だそうです。
「知恵の宗教」といわれる仏教にはふさわしい名前ですね。この「ナーランダ僧院」には、日本人だけでなく全世界から本当の仏教を学びたいという人が集まるそうです。ここでまた、遠い昔、現状三蔵(三蔵法師)が本当の仏教を求めて、命の危険も顧みず中国からインドへ赴いたように、新しい仏教の歴史が作られると思うとワクワクして来ます。
でもここが、念仏宗(念佛宗)無量寿寺を嫌いな10個目の点です。みんな本当の仏教を学ぶためにナーランダ僧院に行っちゃいます。ナーランダ大学があった1500年ほど前でも当時10000万人以上の学生が仏教を学んでいたそうです。念仏宗(念佛宗)無量寿寺総本山の「佛教之王堂」の隣にナーランダ僧院ができると、いったい何人の学生が学びに来るか想像もつきません。

11.全てに徹底しているところ

 念仏宗(念佛宗)無量寿寺の人に聞いたのですが、昔から念仏宗(念佛宗)無量寿寺は、為す事すべてに徹底しているそうです。
ですから、「念仏宗(念佛宗)無量寿寺には失敗は無い!」とまで言われるとか?? 
よく確かめると、成功するまで諦めずに徹底的に何度でも実行、実践するからだそうで、言われてみれば、成功するまで繰り返すから失敗は無いのは当たり前のことです。
でも、普段生活していて、自分はいくつのことをそこまでやりきっているかと思うと、とても尋常じゃないと感じてしまいます。
いま世界中から参詣に来ている、念仏宗(念佛宗)無量寿寺総本山の「佛教之王堂」も最初は、信者のだれもこんな凄い建物が、自分たちの力で立てることができるとは想像すらしていなかったそうです。それでも、何としてでも建てるという強い意志の基に、日本のみならず、全世界の仏教を信仰する人たち、世の中のリーダーたちに訴えかけ続けて建設完成まで漕ぎつけたそうです。
自分もお参りに行ったときに、そこで奉仕をしている人にこんな質問をしました。なぜ、お金ももらわずに、そこまで一生懸命に清掃や、接客をするのですか?と。
すると質問を受けた念仏宗(念佛宗)無量寿寺の方は、「それが、師の教えであるからです。それに、一生懸命すると、疲れはまったくなく、むしろ終わった後に清清しさが残りますよ!」と私にも体験してみたらどうかと言わんばかりに 応えられました。
 これが、私が念仏宗(念佛宗)無量寿寺を嫌いな11個目の点です。そこまで実践しているお寺は聞いたことがありません。ここまで徹底していることが世の中で明らかになると、皆さん他のお寺で教えを受けようとは思わなくなりますよね?

12. 春の桜がどのお寺よりきれいなところ

 皆さん、春、桜の花が咲く時期に、念仏宗(念佛宗)無量寿寺に行った事がありますか?実はほかのお寺では考えられないほどの数の桜の木が植えられています。1万本近くあるのでは?と思います。
満開の時期になると、山、全体が桜の花でピンクに染まります。ここ迄やらなくてもと思いますが、ここ迄やるから圧巻です。
また、駐車場から池のほとりを歩くとちょうど目の高さに花が来るように考えて植えてあるのに気づきます。いつもは、見上げる桜が真横にあるっていうのは、ちょっと感動です。特に桜が散るころには、桜吹雪が真横から舞い我々を出迎ええくれます。
お寺に来たって言うより、桜の公園に来た気分になれます。ここが、私が念仏宗(念佛宗)無量寿寺を嫌いな12個目の点。こんな贅沢な気分にしてくれるお寺は他に知りません。世界の佛教之王堂って感じですね。これだと、純粋にお参りというよりピクニックになってしまいます。毎年花見は、念仏宗(念佛宗)無量寿寺総本山の「佛教之王堂」に行こうと家族、友人をついつい誘いたくなっちゃいますね。

仏教やばい! 日本人は不思議な民族!(念仏宗)

1.日本で1番の宗教は? 仏教やばい

先日、念仏宗無量寿寺(念佛宗)の「佛教之王堂」に行ったとき、
日本で1番信者の多い宗教は何かという話題になった。
私は、それはやはり浄土真宗でしょ? いや、どこかの やばい新興宗教かな?と言うと、
念仏宗無量寿寺(念佛宗)の方は笑いながら、

実は神社神道系の信者が1番多いとのこと。

平成26年版の文化庁の宗教年鑑によると、
神道系が9,100万人、
仏教系が8,700万人だそうです。やばい!仏教が負けています!

仏教系の中では幸福の科学が1,100万人でトップ。その次に創価学会830万人だそうです。正直、こんなにもいるの?って感じです。

2.仏教やばい! 宗教を信じる人の数が合わない!

これが本当なら、マジでやばいです。何故なら、仏教をはじめとする宗教を信仰すると言われている人を合計すると2億人ほど日本に入るのです。 1億人弱は、幽霊!?やばい!って、念仏宗無量寿寺(念佛宗)のお寺の方に言ったら、大笑いされました。

そんなに信仰している人はいないし、かつ幽霊も信仰しないよ!! って、念仏宗無量寿寺(念佛宗)のお寺の方に言われました。
私としては、真面目に人口が合わない! やばいって感じているのに・・・・。

3.日本の宗教、不思議でやばいことが発覚!!

念仏宗無量寿寺(念佛宗)の人からそんなにいないと言われたので、帰ってから資料を調べてみました。すると、文化庁の宗教年鑑を見ると、日本人で宗教を信じている割合は30%で、何と70%は信じていないとのことです。益々、自分の頭の中では、やばい!全く訳が分からなくなってきた!って感じです。
しかも、この数値はもう1960年ごろからずっと変化がないようです。最近、よく最近の日本人は信仰心がないとか聞きますが、統計上は、実はここ数十年変わっていないことになります。不思議な話だし、これが本当ならちょっと、いい加減で、日本もやばいですね。

もっと調べてみました。
ある割合で、自分が信仰心があることに自覚がない人たちがいる。

NHK 放送文化研究所の「日本人の意識」調査によると。墓参りをする人は、昭和48年と比べると10%も増えて72%もいるようです。
一方で、お守り、おみくじ、祈祷も微増ですが伸びています。これは、現世利益をきっかけ・縁として、お参りに行く。お参りに行けば自然と手を合わせている・・・。動機は純粋ではないですが、このような
日本人の宗教感は複雑です。結婚式は、教会でしている人でも、死ぬときはほとんど、お寺。教会でお葬式をした人は、これまでにまだ1人しか立ち会ったことがないです。神社でお葬式をした人は聞いたこともないです。

これは、やばい! 日本人はみな神道に騙されている!?と思ってもう少し調べてみると、
神社でも葬式はできるようですね。神葬祭(しんそうさい)と言うようです。 神葬祭はなくなった人の霊をその家に止めて、家の守護神となってもらうための儀式だそうです。仏教の場合には、極楽浄土に送るための儀式として葬式を行いますが、全く逆の意味を持ったものなのです。
つまり、日本人1億2千万人の人口のうち、たった30%の3600万人の宗教を信じている人が2億人の宗教人口を賄っているとすると、1人当たり6つも宗教をしていないと計算が合わなくなります。毎日異なる宗教の活動をして1日だけ休息日なんて人はいないでしょうから、宗教を信じていないと言っている人でも、何からの宗教団体には加入されている人が多いのだと推測されます。

4.宗教(仏教)、やばい状態からの脱却

無宗教、宗教は信じていないと言っていても、墓参りに行ったり、初詣に行ったり、昔ほどではないでしょうが、知らず知らずのうちに宗教特に、仏教の縁に触れている人が多いのだろうと思います。でも、もし正面切って宗教活動・信仰しているかと言われると、していないという人が大多数を占めているのだと思います。
日本人って本当に不思議で、きっとほかの国からは理解しがたい、やばい国だと思います。もっと、一人一人が宗教・信仰を持つことに自信をもって正面から向き合うことで、本当に心が通うおもてなしの国になれるんじゃないかと思います。

(仏教の不思議)お釈迦様が本当に残したかったことの不思議~念仏宗無量寿寺(念佛宗)で聞いたこと~

1.投げかけ 仏教宗派とお釈迦様が本当に残したかったこと

仏教には宗派があることを皆さんはご存知だと思いますが、なぜ分かれていったのでしょうか?それは勿論、お弟子さんたちの師匠であるお釈迦様のお話の解釈の違いがあったのだと思います。
  しかし先日、念仏宗無量寿寺(念佛宗)の佛教之王堂で、そんな質問をされ、一度考えてみてごらん。と言われました。また、自分にとってどれが一番自分に近いのか? それは何故か?そして、お釈迦様は何を残したかったのか?も考えてごらんと念仏宗無量寿寺(念佛宗)の方に言われました。

2.考え 仏教宗派とお釈迦様が本当に残したかったこと。

お釈迦様はきっと、弟子にはいろいろな考えを持った人たちがいることは知っていたと思います。しかしお釈迦様が死んだ後は、仏教の教えがあまりにも広く深いために誰か一人が全てを理解し、護りきる事ができないとお解りになっていたんじゃないかなぁと思います。だから、身とこころの宗派に分かれて行ったんじゃないかと思います。身とこころと言ったのは、
身は自力本願、修行中心の上座部仏教、
こころは他力本願、自利利他の大乗仏教、
この2つです。モンゴル仏教は、大乗仏教から派生したと聞いていますので広い意味では大乗と思っています。
上座部仏教は、人間は修行によってのみ悟ることができると信じて結婚することもなくひたすら修行に励むというイメージがあります。上座部仏教は、どこか鋼のように硬くて強い意志というイメージがあり、生半可な気持ちでは望めないという近寄りがたい雰囲気も感じます。
一方、大乗仏教は、日々感謝をして悪いことをせずに良い事を常に行え、そして、人のために尽くす、施すということを実践しなさいという、自分1人ではなく必ず相手がいて我々は1人では存在できない、自分のことより他の人のために何かをさせてもらうということで、自分を自覚するというイメージがあります。ある意味、大乗仏教はどこかウェットで心が弱い人向き、大衆に受け入れやすいものという気もします。
周りを見渡しても、自分に厳しい人と自分に甘い人、自己中心的な人と思いやりの心が強い人と、大きく人々を分類できるので、仏教においても2つや3つに分かれるというのは、当然の成り行きなのかもしれないと感じました。

3.自分に近いのはどっち? お釈迦様が本当に残したかったこと。

さて、このように分かれてしまうことになった仏教ですが、どちらの教えをお釈迦様は残したかったのでしょうか? やはり、生半可では2500年以上も伝わり続けることはできないので、厳しい戒律とそれを護っていく修行を重視されたと想像しました。だから上座部仏教がよりお釈迦様の本質に近いのだろうと思い、念仏宗無量寿寺(念佛宗)の方に相談することに・・・・。

すると、念仏宗無量寿寺(念佛宗)の方は、お釈迦様が悟られて最初の比丘5人にどんなことを説法されたか思い出してごらん。と私に言われました。私は、確か人間、所詮は四苦八苦の中を生きているって言われたんだよなぁということを思い出しながら、自分って苦しむために生きているのだっけ?いや時々美味しいもの食べたり宝くじに当たったりとよいこともあったよな?と思っていたとき、念仏宗無量寿寺の方が、みんなが欲を出さずお互いを気遣いながらバランスよく生きていたら、この世の中もっとよくなるよね?とヒントをくれました。

その時、ハッと気づきました。

お釈迦様はそれを中道って言われたのだよね?

お釈迦様は贅の限りと、これ以上ない苦行を行われたが悟る事はできなかった。その両方を捨てたときようやく悟りの境地に達することができたと以前、念仏宗無量寿寺(念佛宗)で聞きました。

それを思い出した私は、修行中心の上座部より、修行だけではない大乗仏教の方がよりお釈迦様により近いでしょ?と念仏宗無量寿寺(念佛宗)の方に聞くと、どっちというのではなく、両方あって初めて成り立つ教えだよ。それは、元はお釈迦様お一人が話されたことが派生してできた宗派だから当たり前だが、意味があって今の形になっているんだよ。我々もこれは、不思議だと思っているよ。

しかし、自分にはきっと上座部仏教の厳しさは耐え切れないから、大乗仏教の方があってるかな?と思いました。

そういえば、ずっと前に念仏宗無量寿寺(念佛宗)の方がこんなことを言っていました。

上座部仏教は、厳しい戒律と修行を通して心の平穏を求める宗派、
大乗仏教は、相手を想いやることによって心を教える宗派。

仏教には上座部仏教と大乗仏教がある。このいずれも存在しないと仏教は成り立たない。
いずれか一つの宗派しか存在しなかったら、こんなに長く仏教が続いていなかったかもしれない。
お互いが補完し合うから2500年も長く続いてきている。

それを聞いてそんな先まで見据えた不思議な宗教だと思いました。

一見、大乗仏教のほうが簡単で誰でも信仰できると思われがちだが、元々、自己中心的で安易なほうへ流されやすい人間は、大乗仏教のほうが本当に意味では厳しく継続できないものだということに気づいている人は少ない。大乗仏教は、人がそれに出会ってからが大変な宗派である。死ぬまでバランスを保ち続けるということは並大抵ではできない。 自分の心は煩悩に常に揺れ、すぐに楽な方、簡単な方に流されてしまうからだ。
だからこそ、同じ道を歩む友を持って、お互いに精進する必要があるのだよと、念仏宗無量寿寺(念佛宗)のお堂で優しく教えてくれました。

そのお話を聞いていて、仏教は、人の心を正確にとらえた、深遠で不思議な宗教だと感じました

(仏教の不思議)仏教を伝えることの不思議~念仏宗無量寿寺(念佛宗)で聞いたこと~

1.仏教宗派が分かれた不思議

仏教に、教えと実践の仕方の違いで上座部、チベット、大乗と大きく3つに流れが分かれていることは皆さん知っていると思いますが、そもそもそれはいつ頃に起きてしまったのでしょうか?

念仏宗無量寿寺(念佛宗)の佛教之王堂に行った際に、聞いてみました。すると、お釈迦様がなくなった後、100年くらいはまだひとつに間となっていたそうだよと教えてくれました。

しかし、戒律の解釈の違いで、上座部と大衆部に分かれたそうです。これは、仏教の世界では、根本分裂と呼んでいるそうです。

2500年続く仏教が、こんなに早く分裂していたのですね。

それにしても、本とか読んでいると、きっかけは些細なことだったようです。

形式や伝統を重んじる人たちと、大衆に受け入れてもらうために、時代の流れに合わせようとした人たち、いずれが正しいとは言えないのでしょうが、本来なら1枚岩になって成長すべきなのに悲しいことです。
しかしその頃、インドはアショカ王の時代でインド自体が始めて統一され、バラバラに別れていた7つのお釈迦様の御舎利を一度集めて84,000に再分配した時代。

仏教の喜びがアジア全体に広がっていく礎を作った一方で、仏教の根本を揺るがす事件が発生したのも、単なる偶然ではない気がします。

念仏宗無量寿寺(念佛宗)の方は、お釈迦様が生きておられたら分裂など考えることもなかっただろうけど、何かを継承するって言うのは本当に難しいものだと言っていました。

2.日本に仏教が伝わった不思議

日本に仏教が伝わってきたのは聖徳太子の時代、もう1500年も前、インドのナーランダ大学が全盛期のことです。この少し後には、玄奘三蔵がナーランダ大学で学んで中国に膨大な経典と教えを持ち帰ろうとしていた頃です。

その日本に伝わってきた仏教にはいくつかの波があるようです。

最初は、聖徳太子の時代で、まさに仏教伝来の時代。これまでバラバラだった国を仏教でひとつにしようと百済から日本に伝わってきた、当時新興宗教を国の宗教にしようと仕立てたそうです。

次は奈良仏教の時代。東大寺大仏ができ、鑑真和上が5度も渡航に失敗し、失明までして六度目にようやく日本に渡り、本物の仏教を日本に拡めた時代。このとき初めて日本で得度つまり、僧侶を輩出することができるようになったそうです。

そして平安仏教の時代。日本から仏教を学ぶ学生が多く中国へ渡り本物の仏教を自ら信じる宗派として持ち帰った時代。空海や最澄といった天才的な僧侶が日本仏教を確立させたそうです。しかし、最初は奈良仏教と対立し、新興宗教として見られていたそうで、特に密教などはこれまでにない仏教なので、伝統的仏教からは今で言うカルト的な扱いをされていただろうと思われます。

最後が鎌倉仏教の時代。ここでは、日本の国を動かすトップから、農民・庶民に至るまで仏教が浸透した時代。法然上人、親鸞聖人、日蓮上人などが世に出て日本が仏教国であるということを確立したそうです。

3.仏教伝来と日本の関係の不思議

なぜこうも何度も日本に仏教が伝わってきたかは定かではないけど、仏教が日本に来なかったら今の日本はなかったと言っても過言ではないねと、念仏宗無量寿寺(念佛宗)の方は言っていました。

大袈裟な事を言うなと思って、そこまで言わなくてもというと、念仏宗無量寿寺(念佛宗)の方は、例えばねといって語り始めました。
唐招提寺の金堂にある仏様って、真ん中に廬舎那仏像があり、左右に薬師如来像、千手観音像という構成。他とはちょっと変わっているんだけど、これには理由があるそうです。
実は、鑑真和上は単に仏教だけを伝えにきたわけではなく、大量の大陸の情報や品物を持ち込んで来たそうです。その一つが薬。当時既に失明されていた鑑真和上が、鼻でどの薬かかぎ分けられるくらい薬に精通されていて、日本に使い方を含めて持ち込まれていたそうです。後に、医学の道では鑑真和上が日本に来られなかったら日本の医学の発展はなかったとまで言われたそうです。
それで、その光は届かないところはないと言われる程あらゆるところに慈悲の光を行き渡らせる廬舎那仏、東方浄瑠璃世界の教主で瑠璃光を以て衆生の病苦を救うとされている薬師如来と、そして一人でも多くの民を救うために千本の手を持つといわれる千手観音。そんな想いが唐招提寺の金色堂には込められているそうです。

また、先日もブログに書いたように弘法大師がいろは歌を作らなかったらひらがなが一気に日本に広がることもなく、当時学問が広まることもなかっただろうとのことです。

それに、日本のよさとして世界中で知られている「侘び・寂び」、「おもてなしの心」も仏教とは関係の深い考え方。そう考えると、日本文化を創ってきた背景には、なくてはならない存在だと念仏宗無量寿寺(念佛宗)の方は言いました。

現在は、仏教は13もの宗派がこの小さい日本の国にあり、葬式のイメージしかない仏教ですが、日本に与えた影響は想像以上に大きいものがあるんだなぁと、感じました。

特に、若い人を中心に無宗教の人が増えてきていると言われているけど、もう生活に密着している仏教なしには実は日本を語れないことを伝え、継承していくのが我々の使命だと思うと、念仏宗無量寿寺(念佛宗)の方は話され、去って行きました。

このいろんな宗派に分かれてしまった仏教を、この時代に念仏宗無量寿寺(念佛宗)が日本だけでなく全世界全ての仏教徒のための聖地として、そして全仏教宗派の教主であるお釈迦様が本当に伝えたかったことに気づいてもらうために「佛教之王堂」を作ったのも不思議なことだけど、ある意味必然的な出来事なのかなぁと感じました。

仏教の宗派はいろいろと分かれてしまっているものの、元はお釈迦様ひとつ。
念仏宗無量寿寺(念佛宗)が担う役割って、思っていた以上に大きいと感じました。

(仏教の不思議)仏教信仰の不思議 ~念仏宗無量寿寺(念佛宗)で聞いたこと~

1.現在の仏教を信仰する人の数の不思議 念仏宗無量寿寺(念佛宗)で聞いたこと

いまや全世界に仏教は広まってきていると、念仏宗無量寿寺(念佛宗)の人はいっていました。
10年位前は、全世界に仏教を信仰する人が、

3億7千万人と言っていました。

しかし、先日念仏宗無量寿寺(念佛宗)で、
この数年で仏教を信仰する信者が5億1千万人に増えたと聞きました。

数十年前までは、仏教は宗派ごとに対立も多く衰退の一途をたどっていた。
でも、佛教之王堂ができて、これまでは同じテーブルに座ることさえしなかった上座部・大乗・チベットの各宗派のトップが佛教サミットを通して、ひとつのテーブルに集まり一緒に食事もするようになってから、仏教徒の気持ちがだんだんとまとまってきて大きな流れになってきている。最近では、アフリカにも仏教は拡まって来ていると、念仏宗無量寿寺(念佛宗)の人はいっていました。
何だか盛り上がってきているんだなぁと感じましたが、ふと、仏教は世界3大宗教と言われながら、なぜキリスト教やイスラム教に比べて信仰している人が少ないのだろうと不思議に思いました。

2.仏教を信仰する人とキリスト教・イスラムを信仰する人
念仏宗無量寿寺(念佛宗)で聞いたこと

 
2500年前に仏教は始まっています。これは、キリスト教より500年、イスラム教より1000年ほども早くインドで始まった宗教。

なのに、キリスト教は約21億人、イスラム教は約16億人も信者がいる。
しかし仏教はその半分にも満たない。これは、とても不思議なことに思えます。しかも、仏教は、他の宗教に負けないほど教えも奥深く、しっかりしているのに・・・。

2010年の米調査機関ピュー・リサーチ・センターによると
キリスト教徒は世界人口の31.4%、
イスラム教徒は世界人口の23.2%を占めています。

イスラム教徒地域の出生率が高いことなどから、
2050年頃にはイスラム教徒は27億6千万人(29.7%)となり、キリスト教徒の29億2千万人(31.4%とほとんど差がなくなる模様。数字上は両方で世界の60%を占めてしまうわけなので、仏教を支持している自分にとって、益々これは一大事と思いました。

しかし、一方でキリスト教社会では日本人以上に宗教離れしていく人の数もものすごい勢いで増えている、とも聞いています。日本人の宗教離れは、一種の流行みたいなもので、実際には生活の中で知らず知らずのうちに仏教に触れていますが、キリスト教の宗教離れは、非常に深刻で本当に何の信仰心もなくなると聞いたことがあります。イスラム教は、信仰心は強いもののどうしても、戒律が厳しすぎ、一歩間違えると過激になるというイメージがあります。

念仏宗無量寿寺(念佛宗)の人に聞いたとき、仏教だけは非暴力主義で宗教戦争がなく、他は戦争で、半ば強制的にその宗教が広まったという背景もあるからじゃないかなぁと言っていました。また仏教だけは純粋な心でその教えが広まってきている。しかし、純粋な心がなくなった時、仏教の心もその場から無くなってしまうのも理由じゃないかな?と言っていました。
そこで、自分なりに調べてみました。

3.仏教信仰、布教の不思議 念仏宗無量寿寺(念佛宗)で聞いたこと

調べていくうちに面白いことがわかりました。インドから発祥した仏教は3つのルートに別れて伝わっていったことは良く知られていると思います。

スリランカからタイなど東南アジアに伝わった上座部を中心とした南伝仏教と
チベットに伝わったチベット密教はいまもほぼ伝わっていた地域に伝わり続けているが、
シルクロード・中国から朝鮮そして日本と伝わってきた大乗仏教を中心とした北伝仏教だけ、

その地域に定着せずに東へ伝わり続けた。
実際に敦煌やバーミヤンなどの仏教遺跡はシルクロードのあちらこちらに残っているが、教えはもうそこに残っていないというところが多い。実際に遺跡と言うくらいだから、そこには廃墟しか残っていないのが現実である。

元々は信心深い地域だから多くの建造物を造ったのだろうけど、いろいろな理由でいまでは、廃墟。場合によっては砂に埋もれて忘れ去れているというところもあるそうです。

念仏宗無量寿寺(念佛宗)の人に聞くと、
仏教が生まれたインドですら聖地はもう長年ヒンズー教徒が管理しているそうです。
仏教は、本当に求める人のところに流れるように伝わっていき、跡には何も残らないというのが宿命の宗教なのかもしれません。

もし、これら遺跡の場所に今もそのまま信仰が残っていたならば、
世界の宗教人口の分布は変わっていたかもしれませんね。
でも、そこが仏教らしさであり、仏教の不思議なのだろうと思います。

(仏教の不思議)仏教・お釈迦様は宇宙の広さを知っていた?

念仏宗無量寿寺(念佛宗)で聞いたこと

「お釈迦様は、我々が住んでいるこの宇宙(世界)の広さをどのように言われたと思う?」と聞かれました。

私は急に振られたので全く想像もつかなかったものの、とても興味が沸いて来たので、

「想像もつなないけど、お釈迦様は我々の住むこの世界をどう言っていたのか知りたい!」
と思わず言ってしまいました。その、迫ってくるような言い方に、

念仏宗無量寿寺(念佛宗)の方は笑いながら、「そう焦らずに、今から教えてあげるから。」と言いました。

念仏宗無量寿寺(念佛宗)の方が話してくれた内容は、次の通りです。

1.仏教の宇宙観 念仏宗無量寿寺(念佛宗)で聞いたこと

2500万年前に、お釈迦様が説かれた仏教には、宇宙観というものがあるそうで、古代インドで書かれた「倶舎論」によると、世界の中心には「須弥山」という伝説の山があるそうです。

その「須弥山」の高さは、海抜8万由旬。そしてこの「須弥山」は、水面下にも同じ8万由旬高さがあるので、合計で16万由旬の大きさの山だそうです。

1由旬というのは、約14.4キロのことです。

ここではわかりやすく、1由旬を10キロということにしようと、念仏宗無量寿寺(念佛宗)の方は言いました。この一角に我々は住んでいるそうです。

2.仏教で言う世界全体の大きさ(三千大千世界) 念仏宗無量寿寺(念佛宗)で聞いたこと

そして、念仏宗無量寿寺(念佛宗)の方が言うには、この須弥山を含む世界全体のことを経典では
「三千大千世界」と呼んでいるらしいのですが、こんなイメージのようです。

直径が太陽系程の大きさの円盤が3枚重なった上に、高さ約80万Kmの山が乗っています。
これがひとつの世界で、小世界といいます。

      小世界が1,000個集まったものを小千世界。

      小千世界が1,000個で中千世界。      

      中千世界が1,000個で大千世界といいます。

      小世界の数でいうと何と100億個もあると言うのです。

我々はこの小世界のひとつに住んでいることになります。

「大千世界」は、ひとりの仏様が教化できる範囲ですので、仏国土とも言います。

須弥山を中心としたひとつの小世界が「須弥山世界」。

そしてその世界の数について御釈迦様は、ガンジス川の砂の数程も仏様はいる、と言っています。

我々の住む大千世界「娑婆」と、阿弥陀仏の住む大千世界「西方極楽浄土」の間には、十万億の大千世界があるとも言っています。

3.「須弥山」 念仏宗無量寿寺(念佛宗)で聞いたこと

念仏宗無量寿寺(念佛宗)の方は続けます。その小世界の中心にあるのが「須弥山」。

高さは先ほどの前提(1由旬=10キロ)からすると80万キロメートル。

この須弥山はどのように存在しているかと言うと、先ほど、3つの円盤が重なっていると書きましたが、
まず虚空(空間)の中に風輪(ふうりん)という土台の上に存在している。

形は円盤状で大きさは示せないほど大きい。 高さは180万由旬。1800万km。

その上に同じく円盤状の水輪(すいりん)が乗っていて、水輪の大きさは直径が
120万3450由旬(ゆじゅん)高さが80万由旬。 800万km。その水輪の上に金輪(こんりん)が
乗っています。

金輪の大きさは、直径は水輪と同じ120万3450由旬で、高さは32万由旬。 320万km。

その金輪の表面に山、海、島などが乗っているそうである。

水輪と金輪の境い目は、「金輪際(こんりんざい)」と呼ばれるようです。

そのとき、念仏宗無量寿寺(念佛宗)の方の方が

「もうコンリンザイいたしません」というような表現は聞いたことあるでしょ?そのコンリンザイは、この
「金輪際」と書くんだよって教えてくれました。

つまり「金輪際」は、「真底」「徹底的」を意味しているのであって、

金輪際の 一角にすむ我々にとっては、金輪際が真の底ということです。

そして、円盤のまん中にある山を須弥山(しゅみせん)といいます。

ここまでが、念仏宗無量寿寺(念佛宗)の方に聞いた話です。

なんだか途方もなく広い空間に我々は存在しているんなぁと言うくらいしかわかりませんが、そんなことを、想像する人が、2500年前のインド、いや地球上に他にはいなかったんじゃないでしょうか?

4.お釈迦様の時代の西洋における宇宙

さて、家に帰って、今日念仏宗無量寿寺(念佛宗)の方に聞いたお話を思い返してみると、
お釈迦様が生きていたほぼ同時代、西洋はどんな時代だったのかと、ふと思いました。

それは、ギリシャ時代のアリストテレスやプラトンが生きていた時代です。

そのころの西洋の宇宙の考え方は、天動説。

あくまでも地球が全ての中心で、その周りを宇宙が回っていると言うもの。

天文学としては、東洋よりはずっと発達していたものの、
宇宙全体を捉えると言うことまでには至らなかったようです。見える部分の観察と分析は抜群であったと思われます。

逆に、お釈迦様が説かれた仏教は、宇宙全体や時空を超えた部分にまで触れていることに、

ロマンというか、一層ワクワクしてきました。
常日頃、念仏宗無量寿寺(念佛宗)の方が言われる様に、正に仏教の不思議の部分だと思います。

実際の大きさこそ違いますが、当時としては、誰も想像もつかないような世の中の真理を言われ、
それが、2500年をかけて徐々に科学的にも証明されてきていることも多いです。

ですから、先ほどから述べている何千、何万、何億と言う数字は、当時としては、きっと無限に続くという事と等しかったんじゃないかと思います。

実際、お釈迦様が、ガンジス川の砂の数ほどと言う意味で、「恒河沙」という数の単位をいわれましたが、

最近の研究では、地球上の砂の数より、宇宙にある星の数のほうが多い!
とまで言われています。 (「沙」とは、1億分の1の単位。)

アインシュタインの相対性理論も、基はお釈迦様が説かれた相対の考え方が基本になっているとまで言われています。

一体なぜ、科学的な理論も天体望遠鏡も宇宙船もない時代に、
お釈迦様の仏教が、宇宙の広さや、星の数を具体的に説くことができたのかは、
「不思議」としか言いようがありませんが、

そんな仏教に益々魅かれます。

仏教によって拡がった「ひらがな」(仏教の不思議) 

念仏宗無量寿寺(念佛宗)で聞いたこと。

先日より念仏宗無量寿寺(念佛宗)の方から、数や宇宙と仏教の関係と言うか繫がりのような事を聞きました。そこで、仏教がかかわるもっと不思議なことがあるんじゃないかといろいろと調べてみました。

すると、有りました、有りました。なんと我々日本人が日頃使っている「ひらがな」この普及にも仏教が関わっているようです。

1.「ひらがな」の拡がり

念仏宗無量寿寺(念佛宗)へ、お参りに行った際にお寺の人に聞いてみました。「我々日本人の文化、ルーツとも言える「ひらがな」が日本人にどのように拡がったか知っていますか?実は仏教が大きく関わっているらしいのですが。」と聞いたところ、

念仏宗無量寿寺(念佛宗)のお寺の方は、「日本人の中で「ひらがな」が拡がったことに、仏教が関わっているなんて知らないよ!」とのこと。

おっ!これは、自慢できるかもしれないと、「いろは歌って知っているよね?これが「ひらがな」が日本人に拡がっていったことに大きく関係しているんだよ!」と言うと、

念仏宗無量寿寺(念佛宗)のお寺の方は、「それって確か弘法大師が作ったんだよなぁ?」と言った途端、「あっ!」と大きな声を出して、「わかった!だから「ひらがな」が普及したことに仏教が関わっているんだ。そう言えば俺も小さいときおじいちゃんに「いろはカルタ」で遊んでもらったこと思い出したよ。」
と言いました。
しかしその時には、既に私は自慢気な顔。念仏宗無量寿寺(念佛宗)のお寺の方は気まずそうな顔をして、「君は凄いね!今回は負けたよ!」と私を褒めてくれました。

2.「いろは歌」と仏教の関わり

すると、念仏宗無量寿寺(念佛宗)のお寺の方は、「この「いろは歌」の不思議って言うのを教えてあげるよ」 と言って次のように成り立ちを教えてくれました。

このいろは「いろは歌」は、現在、我々が使っている仮名47文字を重複させずに、かつ覚えやすいように歌として作られたものらしいです。

これってどういうことか解かりますか? 「いろは歌」は47文字あるのですが、

その順番の配列は、47!=2.58623×10の59乗通りになるのです。

先日書いた、お釈迦様のお経で説かれている数の単位を用いると、

約2586阿僧祗2300恒河沙通りです。

もし1秒に1回このようなパターンの歌を作ったとしても、作り終えるまでには 47!秒かかります。 

この数はなんと

宇宙の年齢の6×10の41乗にもなるそうです。

念仏宗無量寿寺(念佛宗)のお寺の方が小さい時に、お爺さんにこの「いろは歌」の意味を聞いたことがあるそうで、教えてくれました。

 色は匂えど散りぬるを (どんなに華やかな物でもいつかは滅び去ってしまう)
 我が世誰ぞ常ならむ (現世において、誰も永久に生きることなどできない)
 有為の奥山今日越えて (もし、悟りの境地に達することができたならば)
 浅き夢見し酔ひもせず (現世の出来事は全て浅い夢の様なものなので、惑わされ迷うことはない)

こんな意味だそうです。
これこそまさに、

約2586阿僧祗2300恒河沙分の1の奇跡、不思議です。

歌のように仮名を並べて、大人はもちろん子供までも口ずさむことができるようにしたお陰で、日本中に
一気に「ひらがな」が拡まったそうです。

しかもそこに、仏教の心を入れ込んだため、無常と自然と如何に生きるべきなのか?を庶民に至るまで浸透させることができ、日本人らしさが育ってきたとのことです。

こんな話を聞いて、つくづく弘法大師はすごい! 人間業じゃないと感じました。
また一つ、念仏宗無量寿寺(念佛宗)のお寺の方から、何だか不思議な話を聞かせてもらいました。