お釈迦様が最後に残したもの (念仏宗無量寿寺で聞きました)

先日、念仏宗無量寿寺の佛教之王堂でお釈迦様のお話を聞きました。
最初は、最初に説法されたことでしたが、最後亡くなる時に、当時の弟子や現在の我々に何を残されようとしたかを教えて頂きました。
念仏宗無量寿寺の方が言われるには、お釈迦様は悟られてから45年間にわたってずっと、人々を教化しながらインド中を回られたそうです。
その中では、「生きているものは必ずいつかは死ぬ」と言うことだそうです。

これを念仏宗無量寿寺の方から聞いたとき、最初は聞き流して何も感じませんでしたが、何度か心の中でこの言葉を繰り返すと、当たり前だけど的を得ている日々の生活の中で、どれだけの人が死ぬと言うことを意識して生きているでしょうか?
特に平和な日本の中にいるとそんなことを考える必要がないのでしょう。

事実自分もすぐに、明日やれば良いや、などと当たり前のように明日が来ると思っています。
お釈迦様は将来そんな世の中が来ることを予想されたのか、人の心は移り易いと見抜かれていたからなのか、次のようなことを弟子たちに最後お話をされて亡くなったそうです。
「修行僧たちよ、全てのものは移ろい行く、怠りなく精進せよ」この言葉を念仏宗無量寿寺の方から聞いた時、確かに自分も含めて人の心って感動したときには、いろいろな思いや決意をするが、しばらくしてその熱さがなくなると、そんなことはまるでなかったかのような行動や生活となってしまう。

正にいまの自分に言って頂いている言葉だと感じました。
続けて念仏宗無量寿寺の方が経典にはこんなことも書かれていますといわれました。
このお釈迦様が亡くなられた時、天界の帝釈天は「無常偈」と呼ばれる次の詩を唱えたそうです。
 諸行無常 是生滅法 生滅滅已 寂滅為楽 (諸行は無常なり これ生滅の法なり 生滅を滅し終わりて 寂滅を楽と為す)

念仏宗無量寿寺の方が言われるには、この無常というのは、常なるものは無い、と言う事で、 日々のことで言うと、油断して物事を行うと足元をすくわれる、
常々準備して気を抜いてはならないと言うことを教えてもらっているのだそうです。

また生きているものは、いつ死ぬかわからない、見えないだけで実はいつも死と隣り合わせなのだとも言われました。
だから我々は、日と言うより、一瞬一瞬に持てる限りの精一杯で生きていかなければならないと念仏宗無量寿寺の方からお話されたとき、改めてお釈迦様はすごいなって感じました。

こんな2500年も先の世の中のことまでを憂慮して、我々に届くメッセージを残してくれていると思ったとき、不思議と何故か心に何か熱いものを感じました。
この気持ちは、もっと多くの人にもっと後世に伝えて行かなければならないと心に誓いました。